だが、このみごとな場面は映像として残っていない。「太田省吾の世界」に収められた『小町風伝』の映像は1984年にNHK教育テレビで放送されたものだが、この場面はほとんどカットされている。当時のテレビカメラでは照明が暗すぎて映像として視聴に耐えるものが撮れない、という理由でカットされたと聞いているが、残念でならない。
1977年の初演の舞台を、私は矢来能楽堂の客席中央よりやや橋掛かりに寄った椅子席から見ていた。フルートのような……しかしフルートとは言いきれない笛の音とまるで靄(もや)にかすんだ景色のようにぼんやりと弦楽器のような音が聞こえてくると、橋掛かりに家具とそれを担う人々の列が静かにゆっくりと現れ、本舞台に向かってやはり静かにゆっくりと進んでいく。……先頭はちゃぶ台だ。(これは私たちが加わってからは洋箪笥の下の引き出しの部分になるが)……一人の男(桑田孝慈)がちゃぶ台を背中に負い、床にうずくまるように身をかがめ、膝を折ったまま、橋掛かりを滑るように進んでくる。次にガラス戸。ガラス戸の前を髪をちょん髷(まげ)に結った男(品川徹)が引き、後ろから和服を着た女(鈴木理江子)が片膝をついたままでガラス戸を押しながら、静かにゆっくりと進んでいく。……さらにその後から襖と障子が男に担われ、洋箪笥の上の部分も男に担われ、旧式の冷蔵庫が、茶箪笥が、蓄音機等々が担われて列となって静かにゆっくりと橋掛かりを本舞台に向かって進んでいく……。美しかった。……この場面を言葉でこれ以上説明することは、私にはできない。老婆=佐藤和代以外の全登場人物がそれぞれ何がしかの家具や布団や枕を持って登場するこの場面。……「この音楽はなんなのだろう……フルートのようでそうとは言えない……弦楽器の音のようだけれど、明瞭ではなくどこかぼやけているこの音は……」しかし明瞭ではないだけによけいに懐かしく心に響く……まるで幼児の頃の、もう定かではない記憶の光景を思いだしているような懐かしさともどかしさが掻き立てられる……。
こうしてできた能舞台の上の老婆の部屋は、劇の最後近くで、また解体され、役者たちによって運び去られる。……何もなくなった能舞台に老婆=佐藤和代と幻想の男=大杉漣が佇む。……ラヴェル作曲の「ダフニスとクロエ」から<夜明け>が流れると、二人の愛のダンスだ。……そして幻想の男が去り、能舞台に一人残った老婆=佐藤和代は、ひとり、なおも幻想に身をゆだねるように、風にゆれながら立つ。その立ち姿の美しかったこと……。
(写真は、私も出演した再演からのもの)
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